2016/12/12
「宇宙太陽光発電」の実現性確認 JAXA、上空からのレーザー送電実験に成功 気になる「焼き鳥問題」は…
2016.12.11 10:00
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、「宇宙太陽光発電」における人工衛星−地上間のエネルギー伝送を模擬し、高さ約200メートルのタワー上から地上のターゲットに高出力レーザー光を正確に照射する実験に世界で初めて成功した。誘導レーザーやミラーを使って光線を制御する方式の「実現性を確認した」としている。宇宙発電は、いよいよ地上のエネルギー問題解決に向けて動き出すのか。(原田成樹)
無限に空間があり、晴天率100%の宇宙空間に発電所を作るという「宇宙太陽光発電(SSPS)」のアイデアは、1968年にNASA(米航空宇宙局)のピーター・グレイザー博士によって最初に提案され、地球温暖化問題が深刻化した90年代ごろから実用の検討も本格化した。
人工衛星などにすでに太陽光パネルが搭載されているため、宇宙から地上にエネルギーを伝送する技術を組み合わせればシステムができあがる。伝送方法として有望視される一つがレーザー光だが、光線は宇宙空間や大気上空ではほぼ直進するものの、地上から数十メートルの高さまでは地面からの熱の影響で進行方向などに大きい乱れが生じる。
これまで、地上−地上間でのレーザー送電実験は行われてきたが、乱れが大きく実際の想定とは条件がかけ離れていた。今回、JAXAは今年5月から6月にかけて、日立製作所所有のエレベーター研究棟(茨城県ひたちなか市、高さ213メートル)を利用し、宇宙−地上間に近い条件で、初の現実的なレーザー送電実験を行った。
高度3万6000キロから数メートルの誤差
宇宙の発電所は、各国のBS(衛星放送)衛星や通信衛星などが設置されている、赤道の上空約3万6000キロにある静止軌道に置くのが現実的だ。この軌道の衛星は地球の自転と同調して動くため、地上から見ると常に一定方向に止まって見えるというメリットがある。
レーザー光は、周囲の住宅や航空機などに対する影響を防ぐため、地上に数メートルの誤差で送り届けることが求められる。しかし、3万6000キロ離れた人工衛星とは、光や電波でも片道0・12秒かかり、リモートコントロールなどでの制御は難しい。このためJAXAは、まず地上の受光装置側から誘導用のレーザー光を人工衛星に照射。人工衛星側からは、その光に重なるように誘導レーザーを逆向けに照射し、さらに重ねるように送電用の高出力レーザーを照射する方式を採用し、実現性を検証した。
今回の約200メートルの高さからの実験では、直径1ミリの円の中に光を通し続ける精度で制御することに成功。3万6000キロ上空からだと直径18メートルに相当し、設定目標(7・2メートル)よりも2・5倍ブレが大きかったが方式の妥当性は確認できたとしている。
JAXAは、2015年には電波(周波数2・45ギガヘルツ帯のマイクロ波)による地上−地上での送電にも成功している。マイクロ波は送受信設備が大きくなるものの、雲も通過するため地上の受光施設は1カ所で済む。一方、レーザーは晴れている必要があるので複数カ所を使うなどそれぞれに長所短所があり、技術開発は2本立てで進められている。
気になるコスト
さて、宇宙発電には原発何基分のポテンシャルがあるのか。
地上で行われている太陽光発電から想定してみたい。地上での太陽光発電の例を挙げると、豊田通商と東京電力の合弁会社「ユーラスエナジーホールディングス」は青森県六ケ所村で、東京ドーム約50個分に相当する2・53平方キロメートルの土地に約51万枚の太陽光パネルを設置している。総出力は11万5000キロワット(交流)だ。
標準の原子力発電所(100万キロワット)0・1基分に相当するが、地上では夜もあり、さらに曇りや雨の日もある。一般に、地上での稼働率は10分の1程度とみられるため、六ケ所村のパネルが宇宙にあれば、ちょうど出力は、ざっと原発1基分となる計算だ。
さらに、ここからレーザー送電による効率がかかってくる。今回の実験装置の地上部だけで光電変換率は21・3%だった。将来、35%にまで上げるとしているが、単純にそれを掛け合わせると、発電量は原発2分の1〜3分の1程度に下がるとみられる。
さて、気になる設置コストはどうなるか。土地こそ不要だが、発電所をロケットで打ち上げるための輸送費が莫大だ。現在の主力ロケット「H2A」は、静止軌道の一歩手前の静止トランスファー軌道まで4トンを打ち上げられるが、1回当たり約100億円かかっている。約51万枚の太陽電池パネルを運ぶには、現状ではH2A数千回分に上るとみられ、非現実的だ。
逆に宇宙では地上に設置するようなしっかりした骨組みは不要になるかもしれない。落下傘のように広げられる高分子フィルムで作るなど「減量」の可能性もある。設置の想定時期は2030年以降だが、エネルギー問題を取り巻く状況も含めて実現に向けて不確定要素の大きい「遠大」な計画だ。
一方で、遠大な科学技術計画には、数々の困難を乗り越え、研究着手から50年以上たって念願の着工にこぎ着けたリニアモーターカーなどの成功例もある。そこで、JAXAは宇宙太陽光発電について最終目標を目指しながらも、階段の途中で技術を社会還元しながら上っていく「踊り場効果」という概念を打ち出している。今回の実験結果については、ドローンに遠隔でエネルギーを供給して、長期間継続飛行させる技術としての展開を目指す。
レーザーが鳥に当たれば焼き鳥になる?
レーザー光が鳥に当たると焼き鳥になる−。こうまことしやかに噂されているが実際にはどうだろうか。
JAXAによると、レーザーのエネルギー密度は、安全のため、人に当たっても皮膚に影響がない程度に設計する見通しだ。当然ながら航空機が通っても機体には影響がない。ただし、目に直撃すると網膜などに損傷を受ける可能性があるので、地上の受電エリアはもちろん、レーザーの通り道は航空機の搭乗者の目への配慮から立ち入り禁止とすることになりそうだという。
棚からぼた餅ならぬ、「空から焼き鳥」は期待しても無駄だそうだ。 |